製造業の工場から、コンカフェの扉を開けるまでの話
正直に言う。2021年にコンカフェを始めたとき、周りには理解してもらえなかった。
「製造業の経営者がなんで?」って顔をされた。何度も。
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僕はもともと、名古屋で老舗の製造業を経営していた。
現場があって、職人がいて、モノを作って届ける。地道だけど、確かな手応えがある仕事だった。好きだった。今も好きだ。
でも、ずっとどこかに引っかかりがあった。
「俺が作っているのは、誰かの記憶に残るものじゃないな」って。
製品は使われて、消費されて、忘れられる。それが悪いわけじゃない。でも、自分の中の何かが物足りなかった。
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きっかけは、ある日ふらっと入った大須のお店だった。
観光で歩いていたわけでも、目的があったわけでもない。ただ、なんとなく気になって扉を開けた。
そこにいたのは、一生懸命お客さんと向き合うキャストさんたちだった。
笑顔とか、サービスとか、そういうことじゃなくて。「この場所に来てくれてよかった」という気持ちが、ちゃんと伝わってきた。
その帰り道、歩きながら思った。「こういう場所を作れたら、人の記憶に残るな」って。
単純だと思うかもしれない。でも、それが全部の始まりだった。
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SUGAR&SPICEをオープンしたのが2021年。
製造業で培ったのは、仕組みを作ることと、現場を動かすこと。そのスキルは使えた。でも、飲食もサービス業も、コンセプトカフェという業態も、ほぼゼロからの勉強だった。
失敗した。たくさん。
キャストさんとの関係で悩んだこともある。運営の方針がぶれたこともある。「このやり方で本当にいいのか」と眠れない夜もあった。
製造業の経営者としての自分と、コンカフェオーナーとしての自分が、しばらくうまく噛み合わなかった。
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でも、続けていく中で、一つだけ軸が定まった。
「キャストさんが辞めたくない場所にする」ということ。
売上より先に、これを考えるようにした。
キャストさんが安心して働けない店は、お客さんにも伝わる。笑顔の裏にある疲弊は、必ずどこかに出る。それを製造業の現場で、僕は嫌というほど見てきた。
人が疲れていると、モノの品質も落ちる。それはサービス業でも同じだった。
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あれから5年が経って、今は大須で3店舗を運営している。
Mimi、ユメヲカケル!と、それぞれ色の違う店が育ってきた。アイドル事業や協会の活動も広がった。
「なんでそんなにいろいろやるの?」と聞かれることがある。
答えはシンプルで、全部繋がっているからだ。この場所で働く人が誇れる業界にしたい。そのためにできることを、手を変え品を変えやっているだけだ。
工場で仕組みを作っていた頃と、やっていることの本質は変わっていない気がしている。
自分がいなくても回る構造を作ること。でも、想いだけは自分が持ち続けること。
まだ道の途中だけど、あの日の大須の扉を開けてよかったと、今は素直に思える。

