コンカフェって、結局なんのための場所だと思う?
少し前、あるキャストの子に言われた言葉が頭から離れない。
「ここにいると、自分が必要とされてる気がするんです」
嬉しい言葉だった。でも同時に、少し怖くなった。
その子にとって「必要とされる場所」がここだけになっていないか。依存じゃなくて、本当の意味での居場所になっているか。そこが気になって、しばらく眠れなかった。
コンカフェって、今すごく増えてる。大須だけでも、ここ数年で体感2倍以上になった感覚がある。参入障壁が低いから、いろんな動機で始める人が出てくる。それ自体は悪いことじゃない。
でも、問いたいのはここだ。
**誰のための店を作っているのか、ちゃんと答えられる?**
僕自身、正直に言うと、最初から全部わかって始めたわけじゃない。SUGAR&SPICEを2021年に開いたとき、理念はあったけど、現実はぐちゃぐちゃだった。ルールの穴をついた問題が起きたり、キャストのメンタルが崩れる場面を目の当たりにしたり。「店を守る」と「人を守る」が両立できるのか、何度も自問した。
今も完璧じゃない。ただ、一つだけ軸にしてることがある。
キャストが辞めたくない店を作ること。
「稼げる店」より「ここで働いてよかった」と思ってもらえる店。これだけはブレないようにしてる。
でも、ここで同業者の皆さんに問いたい。
キャストの安全って、どこまで本気で考えてる?
「うちはちゃんとしてる」という店ほど、盲点があることが多い。僕もそうだった。ルールを作った気になって、運用を現場に任せきりにして、実態を把握できていなかった時期がある。制度じゃなくて、文化として根付かせるのがどれだけ難しいか。
それと、もう一つ。
お客さんにとって、この場所はどういう意味を持ってる?
「推しがいる場所」「楽しい場所」で終わってていいのか。いや、それで十分かもしれない。でも、もっと深く問うと、その人の日常がほんの少し豊かになる場所になれてるか。その問いを持ち続けてるかどうかで、店の質が変わる気がしてる。
音MABUSHIを企画したり、推し撮りフェスをやってみたりするのも、突き詰めればそういうことだ。「来てよかった」を積み上げたい。それだけ。
コンカフェ業界は今、岐路にいると思う。ブームで膨らんで、これから淘汰が始まる。残る店と消える店を分けるのは、たぶん売上でも規模でもない。
「なんのために存在してるか」を、オーナーが本当に腹に落とせてるかどうか、だと思う。
あなたの店は、誰のための場所ですか?
僕はまだ、この問いに完全に答えられていない。だから毎日考えてる。

