2026.08.08

製造業の工場から、大須のコンカフェへ。僕が遠回りしてよかったと思う理由

42歳になった今でも、あの頃の自分に「よくやった」と言ってあげたいと思う日がある。

僕はもともと、コンカフェとは無縁の人間だった。

20代から30代の大半を、製造業の経営に費やしてきた。工場の現場、仕入れ交渉、品質管理、従業員との関係構築。派手さとはまるで縁のない世界で、ひたすら「仕組みを整えること」に向き合ってきた。

それがよかったのか悪かったのか、当時はわからなかった。

転機は2021年。SUGAR&SPICEを大須に開いた時だ。

なぜコンカフェだったのか、今でもうまく説明できない。ただ、「推しがいる文化」というものに、どこか惹かれていた。お客さんが誰かを応援するために足を運ぶ。その動機の純粋さが、ものを作って売るだけの世界にはない何かだと感じた。

開業当初は、正直しんどかった。

製造業の経験があるから大丈夫、なんてことは全くなかった。「人が商品」の世界は、ネジや部品とは根本的に違う。キャストの子たちが何を感じているか、何が不安なのか、どうすれば安心して働けるか。そこを理解するのに、相当な時間がかかった。

最初の頃、一人のキャストが突然来なくなった。

話を聞きに行ったら「怖かった」と言われた。経営者として見られていたんだと思う。距離を置かれていた。その言葉は今も刺さってる。

それから僕は、舞台裏で動くことを意識するようにした。表に出るより、仕組みを整える。キャストが安心して立てる場所を作る。それが自分の役割だと決めた。

製造業時代に叩き込まれた「自分がいなくても回る構造を作れ」という考え方が、ここで生きてきた。

Mimiを開いた時、ユメヲカケル!を立ち上げた時、毎回同じことを考えた。「この店は、僕がいなくても大丈夫か」と。それが答えになるまで、手を離さなかった。

遠回りだったとは思わない。

製造業の現場で覚えたことが、今のコンカフェ経営の土台になっている。人を動かすことと仕組みを作ることは、どんな業種でも本質は同じだった。

ただ、一つだけ後悔があるとすれば、もっと早くキャストの子たちに「頼りにしてる」と言えばよかった。経営者としての格好つけが、コミュニケーションの壁を作っていた時期があった。

今は、失敗も葛藤も隠さないようにしている。

完璧な経営者を演じても、誰も得しない。それよりも、一緒に悩んで、一緒に考えて、少しずつ良くなっていく姿を見せたい。

大須という街で、三つの店を育てながら、僕はまだ途中だ。答えは出ていないし、出ないかもしれない。

でも、この道を選んでよかったと、今日も思っている。