製造業の工場から、大須のコンカフェへ。僕が遠回りしてよかったと思う理由
42歳になった今でも、あの頃の自分に「よくやった」と言ってあげたいと思う日がある。
僕はもともと、コンカフェとは無縁の人間だった。
20代から30代の大半を、製造業の経営に費やしてきた。工場の現場、仕入れ交渉、品質管理、従業員との関係構築。派手さとはまるで縁のない世界で、ひたすら「仕組みを整えること」に向き合ってきた。
それがよかったのか悪かったのか、当時はわからなかった。
転機は2021年。SUGAR&SPICEを大須に開いた時だ。
なぜコンカフェだったのか、今でもうまく説明できない。ただ、「推しがいる文化」というものに、どこか惹かれていた。お客さんが誰かを応援するために足を運ぶ。その動機の純粋さが、ものを作って売るだけの世界にはない何かだと感じた。
開業当初は、正直しんどかった。
製造業の経験があるから大丈夫、なんてことは全くなかった。「人が商品」の世界は、ネジや部品とは根本的に違う。キャストの子たちが何を感じているか、何が不安なのか、どうすれば安心して働けるか。そこを理解するのに、相当な時間がかかった。
最初の頃、一人のキャストが突然来なくなった。
話を聞きに行ったら「怖かった」と言われた。経営者として見られていたんだと思う。距離を置かれていた。その言葉は今も刺さってる。
それから僕は、舞台裏で動くことを意識するようにした。表に出るより、仕組みを整える。キャストが安心して立てる場所を作る。それが自分の役割だと決めた。
製造業時代に叩き込まれた「自分がいなくても回る構造を作れ」という考え方が、ここで生きてきた。
Mimiを開いた時、ユメヲカケル!を立ち上げた時、毎回同じことを考えた。「この店は、僕がいなくても大丈夫か」と。それが答えになるまで、手を離さなかった。
遠回りだったとは思わない。
製造業の現場で覚えたことが、今のコンカフェ経営の土台になっている。人を動かすことと仕組みを作ることは、どんな業種でも本質は同じだった。
ただ、一つだけ後悔があるとすれば、もっと早くキャストの子たちに「頼りにしてる」と言えばよかった。経営者としての格好つけが、コミュニケーションの壁を作っていた時期があった。
今は、失敗も葛藤も隠さないようにしている。
完璧な経営者を演じても、誰も得しない。それよりも、一緒に悩んで、一緒に考えて、少しずつ良くなっていく姿を見せたい。
大須という街で、三つの店を育てながら、僕はまだ途中だ。答えは出ていないし、出ないかもしれない。
でも、この道を選んでよかったと、今日も思っている。

